☆☆☆☆☆☆☆☆★★(8点)
実在の画家、熊谷守一を描いた映画。熊谷守一は1977年に97歳で亡くなり、晩年の20年か30年間、自宅から一歩も外に出なかったという。映画では多くの時間を庭で過ごしたように描かれ、それは一般的な目でみればとても狭い世界なのだが、モリ(山崎努)にとっては十分に広かった。植物や虫、魚、鳥、猫など、庭で触れあうものすべてを事細かに観察しながら散策するので、数歩で行ける距離ですら、はるかな道のりになってしまう。モリは著名な画家でもあるので、世間に興味をもたれており、またモリの家も対外的にオープンなので、人の出入りもはげしい。外に出なくても勝手に世間が近づいてくるし、モリ自身の興味も庭や妻や出入りする知人たちだけで十分満たされているようだ。庭というほんのささいな小世界で、モリは蟻が左足の二番目から歩きだすことを発見したり、30年穴を掘り続けた洞穴のような場所に魚を飼ったりしている。夫婦ともに気難しそうな顔をしてるのに、自然体でおおらかな態度で人を迎えることができる。マンションの建設で大切な庭の日当たりが悪くなるというのに、その建設現場の職人たちを自宅に招いてご馳走をふるまったりもする。不器用なような、正直なような、ピュアなような、モリたちの生活にはなんともしれない味わいがあって、あまりに現代の価値観とかけ離れているのが、静かながら強烈でもあった。モリのまわりの人たちは、モリをとおして外では絶対に味わえない人生の大切なものを取り戻そうとしているようにもみえた。