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歩いても歩いても 監督:是枝裕和

☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9点)
台所で母と娘が会話しながら料理をし、父が海辺の町を散歩するプロローグがこの映画でいちばん美しいシーンかもしれない。この人たちの性格がよく伝わってくる雄弁な場面でもある。母とし子(樹木希林)と娘ちなみ(YOU)が軽快に明るく話しているので、ほのぼのとした雰囲気で映画が始まるのだが、その感じは最後まで続くともいえるし、そうでもないとも言える。コメディー寄りのホームドラマだとは思うが、いたってまじめに普通にしている家庭も、こうやって映画として距離をおいてみるとおかしみがあるように、そういう意味でほのぼのとした気持ちでみられる映画でもある。でもこの映画のリアルさは人間の生々しい酷薄な部分を細かく描いているところからきており、それ抜きには懐かしさや笑いや切なさも印象が薄かっただろう。ハリウッド映画のようなアクションや事件やミステリー性は皆無で、とても静かな映画かもしれないが、だいたい人間は生きているだけで忙しいものだ。家族にはいろんなことが起こるし、その点でこの映画の横山家も動きに満ちあふれている。15年前に死んだ長男を忘れられないでいる老夫婦を中心に、そんな優秀だった長男と比べられ反発している次男良多(阿部寛)や、死んだ前夫とのあいだの息子を連れて良多と入籍したゆかり(夏川結衣)たちのあまりすっきりとはいかない思いが入り乱れる一日。それにしても父の恭平(原田芳雄)はいかにも昭和の祖父で気難しい。ちなみに僕の祖父も同じようなタイプの人で、いつも不機嫌そうにしているから子供には怖かったが、本人もそんな立ち位置ゆえの居心地の悪さを感じていたかもしれないなと、この映画に触発されてそう思った。